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アルビレックス新潟激励会2017

1月14日(土)。

 

前日から降り始めた雪は、土曜日になると本格的になり、新潟県内でも雪が少ない新潟市も、それなりに積もった。30cmくらい。

この日は新潟県民会館で、毎年恒例のアルビレックス新潟激励会が開催されたので行ってきた。

その前に、本町の人情横丁にある信吉屋さんで、今年初ワンタンメンでも…と思ったら、ワンタンは売り切れだったので、チャーシューメンにした。

 

 

お店のお父さんとお母さんに新年の挨拶をすると、お父さんは私の顔を見るとすぐにアルビの話を振ってくるのだった。

「今年は頑張れるといいよねぇ」

そうですね〜。頑張りますよみんなで。


その後、県民会館まで古町通をのんびり歩いた。あぶさんの銅像の肩にも、雪が積もっている。

 

 

県民会館に到着したのは13時半頃。
久しぶりに会った人たちと、新年の挨拶をしたり、いろいろしゃべったり、先日現役引退とアカデミーコーチ就任が発表されたクロさんへの寄せ書き集めを手伝ったり。そんなことをしていると、あっという間に開場時間になった。


激励会は、まず、クロさんの挨拶から始まった。
とても素晴らしいスピーチで、もうすでにこのあたりから涙腺がやばかったのだが、サプライズでご家族からの花束贈呈があり、長男の龍之介くんが照れ隠しでぶっきらぼうに花束を片手で渡しているのを見て、そうか、龍之介くんはもう中1なんだよなぁ、なんてしみじみしてしまった。

 

2005年9月、日本平へ清水戦を観に行った時、知り合いの清水サポさんに連れられて、スタジアム近くのレストランへ行った。
そこは、監督や選手、サポーターがよく訪れる、アットホームな家族経営の店で、お店の息子さんたちと、サッカーの話をした。
その時、会話の中で出てきたのがクロさんだったのだ。

当時のクロさんは出場機会に恵まれず、悩んでいた時期だったらしく、

 

「この間、黒河が来て悩みを聞いてあげたんだよねぇ」

 

ということだった。

 

「帰り際に“あ、子どもが生まれたんで、今度連れてきます”って言ってたよ」

 

つまり、その子が龍之介くんだったというわけだ。

2005年当時、清水で生まれて間もなかった子が、新潟で中学生になる。それだけ、年月が流れたということなのだった。


そして、サポーターが黒河応援ダンマクを掲げ、黒河チャントを大合唱した時、クロさんが堪えきれずに涙を流したのを見たら、もうダメだった。

 

クロさんのスピーチの中で、こんな話もあった。クロさんはスクールコーチになるのだが、臨時でJAPANサッカーカレッジのコーチも務めるという。

 

「JAPANサッカーカレッジには渡辺泰広がいます。彼が成長する手助けを出来ればと思っています」

 

U-17W杯に出場するなど、ユースの頃から期待されながら、トップ昇格してからはケガに悩まされて、ここまで結果を出せずにいるヤスのことを、クロさんが指導してくれるという。こんなありがたいことがあるだろうか。
それと同時に、クラブがヤスに対して、何とかモノにしたいと強い気持ちを持っていることも伝わってくるのだった。

クロさんと一緒に頑張って、来年こそはトップチームに戻ってきてほしい。それはクロさん自身も2007年に経験した同じ道なのだ。


クロさんの挨拶のあとのトークコーナーは1部と2部に分かれ、最初は平畠啓史さんと玉乃淳さん、そして内田潤コーチの鼎談、そして平ちゃん司会による選手トーク、という流れ。

 

いきなりタマジュンの「結婚しました」宣言から始まり、うっかり話がそっちに行きそうになったところを何とか踏みとどまって、今季のアルビを展望。ここでも話題になったのは、新潟のブラジル人選手獲得力だった。
フリーダムに語るタマジュンをうまく平ちゃんがコントロールし、時々ウッチーがたまりかねてツッコミを入れる、みたいな感じだったが、3人のコンビネーションは結構よかったんじゃないかなw


選手トークでは、今季は34人(+1人)という大所帯のため、4グループの人数が例年になく多かった。

富澤清太郎(カンペー)がいい味を出していたこと、富澤と達也が高校時代、国体で2トップを組んだことがあるというサプライズ話、ブラジルトリオvs武蔵&尚紀の噛み合っているようで噛み合ってないトーク(呼び方は、ジャン・パトリックは「ジャン」、チアゴ・ガリャルドは「ガリャルド」と呼んでほしいとのこと。武蔵のチアゴ案は即効却下されていたw)、大卒ルーキー森くんの、関学体育会で鍛えたボケ&一発芸の数々など、それぞれに持ち味を発揮したトークになった。
それをひとりでうまくさばく平ちゃん、さすがだなぁ。

 

平ちゃんは、スカパーがなくなって土日が暇になったので、
「またイベント呼んでください!」
とアピール。じゃあ、サマーフェスタにでもw

 

トークの詳細は、いずれ公式Facebookページに動画がUPされると思うので、ぜひそちらをご覧ください。

 

 

ところで、新ユニ。フィールドプレーヤーのユニは、基本的にオレンジ・ブルーの組み合わせは踏襲されている。

1stユニのデザインの特徴は、胸の逆V字。アディダスの人のプレゼンによれば、これは白鳥が群れで飛ぶときのV字隊列がモチーフになっているようだ。ベースのブルーは、日本海かな?
前へ、上へ、というクラブの姿勢をグラフィック化したものだと考えればいいと思う。
ちなみに、昨シーズンのグリーンの2ndユニは、今季は3rdユニになるという。シーズンに1試合くらいは登場する機会があるかもしれない。

 

新しいチームが新しいユニを身に纏って挑む2017年シーズン。

ヤンツーさんや達磨さんのもとで積み重ねてきたものを大切にしながら、新しい「新潟らしさ」の形を作り出すシーズンになればと思う。

強い思いを胸に、クラブやチームと一緒に歩いていきたい。

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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あけましておめでとうございます


新年あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
本年も何卒よろしくお願いいたします。

年明け直前に、レオの鹿島移籍や貴章の復帰、他にも移籍、移籍加入のリリースがいくつもありました。

それぞれに感じるところ、思うところがあり、どう書こうかなんて思っているうちに年が明けてしまいましたw

レオには、ただただ感謝を。
以前レオが、

「10年くらい新潟でプレーしたい」

なんて言っていたのを聞いて、その気持ちは物凄く嬉しいけど、それは言わない方がいいよレオ、と思ったものですが、別れの日は確かにやってきました。

レオがいた4年間の意味の大きさは、誰もが認めるものだと思いますが、それが一番分かるのは、むしろこれからなのかもしれません。
レオの背中を見てきた選手たちが、必ずそれを体現してくれる。
私はそう信じています。


貴章の復帰は、少し驚きました。
もろもろのことが重なり合った結果だと思いますが、やはり「ご縁」なのでしょうね。

しかも、今回はDF登録。
名古屋で開花した右SBとしての能力を、新潟でも見せてくれるのでしょうか。

また強力ライバル出現だねぇ、尚紀。
たぶん、マツケンより手強いぞw

貴章の存在は、尚紀だけでなく、若手選手たちにとって大きなものになっていくんじゃないでしょうか。
貴章のストイックなまでのプロ意識の高さ、常にサッカーを最優先に考えた行動は、多大な影響を与えていくだろうと思います。


苦しかった昨シーズン。
それは新しい形にチャレンジした結果のものでした。
そのチャレンジそのものを否定したくないし、価値あることだったと思います。

シーズン終盤によく聞かれた「新潟らしさ」という言葉が、単なる「先祖返り」になるだけでは、なんの意味もないと思っています。

昨シーズンのチャレンジが、選手たちの中には根付いているはずで、そこに「新潟らしさ」というエッセンスを改めて呼び覚ましたとき、昔とは違う「新潟らしさ」の進化形が、昨シーズン目指していたはずのものが姿を表すのではないか。そんな期待をしています。

もちろん、厳しいシーズンになることは覚悟の上です。

フミさんや選手たちをサポートしながら、常に前を見て、恐れずたゆまず進んでいく年にしたいと思います。
author:ぐっちい, category:アルビレックス
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また会う日のために

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小林 裕紀選手 名古屋グランパスに完全移籍のお知らせ

 

2014年、裕紀が新潟にやってきたとき、あぁ、こういう「ご縁」ってあるんだなぁと、しみじみと思った。

 

2009年の天皇杯4回戦、私にとって夢の対決となった明治大戦では、宮阪政樹(現・松本山雅)とダブルボランチを組んでいたのが、当時3年生だった裕紀。新潟をパスワークで翻弄する姿を、明治のタオマフを首に巻いて明治のゴール裏で見ていた。

 

神川監督に率いられた明治は攻守にハードワークするチームで、新潟に向いていそうな選手が多かった。

 

「誰か一人でもいいから、新潟に入ってくれないかな」

 

と密かに思っていたのだったが、裕紀がジュビロ磐田経由で新潟にやってきた。

 

そして、2014年シーズンの激励会での様子を見て、これはサポーター受けする気の利いたことを言えるタイプじゃないなと思ったので、ユニに6番を入れることを決めたのだった。

 

その年の5月に、初めて聖籠でファンサをしてもらったとき、明治のタオマフにサインを入れてもらいながら天皇杯の話をし、6番ユニにサインをお願いしたら、手にしていたマーカーペンを自ら細字用から太字用にチェンジして、

 

「でっかく書いていいっすか!」

 

と喜々としてサインを描いてくれて、このツンデレキャラは面白いなぁと思ったものだった。

 


この3年間は、チームが苦しい状況に陥ることが多く、裕紀自身も、大学時代に見せていた「小林裕紀らしさ」を出し切ったとは言い難いし、キャプテンになった今年は、本当に辛いことが多かっただろうと思う。
内面からほとばしる感情が表に出るようになったのも、キャプテンとしての立場がそうさせたのかもしれない。ホーム大宮戦での号泣は忘れられない。
キャプテンとして、一気に大きな荷物を背負わせてしまったような気がして、ただただ申し訳ない、という思いが強いのだ。

 

だから、天皇杯マリノス戦前日の聖籠で、裕紀に

 

「明日はノビノビやってください」

 

と言ったのは、重い荷物を下ろして身軽になって欲しかったからだ。そのときの裕紀の表情は心に残る。

 

これは、裕紀に送ったメールにも書いたことだけれど、裕紀がノビノビとプレーしていた試合は、新潟は強かった。ある意味、レオ以上のキーマンだったと思う。
2014年のホーム川崎戦や、2015年のナビスコカップ準々決勝1stレグ、そして今年のホーム鳥栖戦、アウェイ磐田戦での躍動は、新潟での3年間の中でもハイライトと言っていいんじゃないだろうか。

ピッチを俯瞰するような視野の広さで、相手の嫌がるところに出す長短の立体的なパスは、今までの新潟にはないものだった。
来年も聖籠やビッグスワンで見たかった。でも、少なくとも来年は、天皇杯で対戦することがない限り、裕紀のプレーをビッグスワンで見ることはできない。


移籍の理由は、本人にしか分からないことだけれど、降格したチームを再びJ1に上げるというミッション、そして次期監督と噂される風間八宏さんのサッカーへのチャレンジは、プロサッカー選手としてさらにレベルアップするためには必要なことなのかもしれない。

 

この3年間、裕紀のプレーから新潟の新たな可能性を感じた日々は、楽しかった。苦しい思いもたくさんしたけれどね。
NDスタで初めてプレーを見てから7年、たぶん、こんな「ご縁」を感じる選手と出会えることは、もう二度とないだろう。
サインを入れてもらった、明大サッカー部の2009年天皇杯出場記念タオマフは、宝物だ。「ご縁の証」、だからね。

 

今年の天皇杯のプロモーション映像には、あの2009年の裕紀の姿が映っていた。J1クラブに勝って、ゴール裏にいる仲間たちに飛びつきに行った明治の背番号7。あの頃のような、のびやかなプレーを、もっと新潟で見たかった。
3年間、新潟のために闘ってくれてありがとう。本当に感謝の言葉しかない。またいつか、ビッグスワンで会える日を待っている。

その日のために、新潟は頑張るよ。だから、裕紀も頑張れ。

 

 

 

裕紀のお知らせが来た後、今度は移籍加入のお知らせが届いた。

 

北海道コンサドーレ札幌から堀米 悠斗選手 完全移籍加入のお知らせ

 

札幌から下部組織出身の生え抜きが来るのは、2010年の西大伍以来か。

 

別れがあれば、出会いがある。
アルビレックス新潟の2017年は、もう始まってるんだ。

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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ミスターアルビレックス、新潟に帰る

栃木SCから本間 勲選手 完全移籍加入のお知らせ

 

 

 

ビックリした。ひたすら驚いた。

 

去年の残留争いのさなかに、ある人と話をしていたら、

 

「残留のためにも本間勲を呼び戻した方がいい」

 

と言われ、それは本当にそうだとは思ったけれど、さすがにそれは無理だよなぁ…と思っていた。

 

とはいえ、いつか戻ってきてくれたらいいなという思いはあった。でも、まさかそれが現役のうちに実現するとは思ってもいなかったし、いろいろなことを考えると、複雑な思いがあったりもするけれど、やはり「望外の幸せ」という言葉が一番似つかわしいんだろうと思う。

 

勲は、実際には強烈なキャプテンシーがあるわけではなく、自分の姿勢とか、コミュニケーションでチームをまとめるようになって、どんどんキャプテンらしさを増していったような印象がある。
そしていつしか、新潟にはなくてなならない、唯一無二の存在になっていた。

 

そんな勲を、クラブも出したくて出したわけでもないし、勲自身も出たくて出たわけではなかったはずで、いろいろな巡り合わせの結果、プロサッカー選手として生きていく以上は新潟を離れざるを得なくなったということなんだろうと思う。
クラブがずっと、15番を空き番号にしてきたことにも、それは現れている。
(個人的には、将来的には史哉に15番を受け継いでほしいと思っていた)

 

今回の勲の帰還は、様々な要因や思いが重なり合った結果、実現したことだろう。
栃木SCがJ2復帰に失敗し、多くの主力を保有できない状況に陥っているということも、きっかけになっているのだろうと思う。

 

でも、戦力的にという以上に、精神的支柱になるベテランの存在の重要性、チームが若手育成しながら勝利を求めるという2つのミッションを求められている今こそ、勲の力が必要だということを、クラブが再認識したということでもあるのではないだろうか。

 

フミさんにとっても、勲の復帰は心強いだろう。

 

そして、「新潟で現役生活をまっとうする」という道筋も、新潟にとっても勲にとっても、とても大切なことなんじゃないかとも感じている。今まで、片道切符にしかならなかったベテラン選手のレンタル移籍に、こうやって再び戻ってくるという前例を作るということは、とても価値があることだと思う。

 

勲、お帰りなさい。
ミスターアルビレックスの戻ってくる場所は、やっぱりビッグスワンだね。

 

 

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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新潟らしさ



11月26日、土曜日。



仕事日だったのだけれど、急遽休みになったので、天気に誘われて聖籠へ行った。



シーズンオフ期間のトレーニング。



もう公式戦もない、直近に目標とするものも明確にはない状況で、どんな雰囲気でトレーニングが行われているのかを観てみたかった。



Bピッチへ行くと、コーチングスタッフが準備をしており、間もなく、三々五々選手が集まってきた。そして、何人か集まると、自然と輪になってボール回しが始まる、シーズン中と変わらない風景。



トレーニングには、帰国したブラジル人4人と、リハビリ組、スクール訪問へ出かけている組以外の選手たちは全員揃っていた。もちろん、移籍が決まったマツケンの姿もある。



彼らの姿からは、余計なプレッシャーから開放されて、ノビノビと、そして真摯にボールと向き合っている様子が伺えた。



これは毎年毎年、聖籠へ行くたびに感じることなのだけれど、聖籠での練習風景を観て、雰囲気の悪さとか、選手たちの取り組み方への疑問を感じたことはない。彼らはいつも、どんなにチーム状況が苦しいときでも、前向きに、真摯に練習に取り組んでいる。
監督が代わっても、選手が入れ替わっても、その空気は変わらない。



もしかしたら、これも「新潟らしさ」というものなんじゃないかな、などと思いながら、青空の下のトレーニングを眺めていたのだった。



この「らしさ」は、いつまでも失ってほしくない、と思う。







11月27日、日曜日。



市役所前の北書店で、今年も「えのきどいちろうトークショーin北書店」を開催。



聖籠でのトレーニングゲーム、イオン南での田中達也&成岡翔トークショーと被ったので、キャンセルが増えるかなぁと思ったのだけれど、逆に、前日、FM PORTさんも告知してくださったこともあり、昨日駆け込みの申込みが多くあり、当日も「予約してないんですが、いいですか?」とおっしゃる方が複数。
おかげさまで、90名弱の方々が参加してくださった。



えのきどさんも、入ってくるなり、



「これはすごいね!今までにない人数じゃない?」



と目を丸くしたほどだった。



トークのテーマは「新潟らしさ」。
今シーズンの終盤、多く語られるようになった「新潟らしさ」とは、なんぞや。
その「新潟らしさ」のイメージは、人それぞれではあるけれど、ほぼ「泥臭さ」とか「最後まで走る」といったイメージは共通している。



では、達磨さんが取り組んだサッカーはムダだったのか。そのチャレンジは意味がなかったのか。



今年の取り組みが無意味だったと否定するのは嫌だな、というのは、個人的な思いだ。
チャレンジが必ず大きな意味を持つ、あれはこういうことだったのかと実感できる日が、きっとやってくる。そう信じて、日々を積み重ねていくしかないんじゃないかと思うのだ。



…なんてことをですね、えのきどさんのトークを聞きながら考えていたわけですよ。
参加された皆さんは、いかがだったでしょうか。



最後は史哉の話になって、ちょっとしんみりしちゃったけれどw



とにかく早く監督を決めてもらって、来シーズンに思いを馳せたいですよね。



参加してくださった皆さん、そしてえのきどさん、ありがとうございました。また来年!

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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引き分け抽選の風景
11月13日、日曜日。

御茶ノ水のホテルをチェックアウトして、向かった先は神宮外苑。



実は、国立競技場が取り壊されてから、ここに来たのは初めてだった。

学生時代から数えれば、国立競技場には何十回通ったか分からない。
あるべき場所に、あるべきものがない寂しさ。




神宮球場の敷地内を歩く。ちょうど、明治神宮野球大会の真っ最中で、第3試合が明治vs関大になっていた。
この日の明治の先発予定が柳だと聞いていたので、柳は観てみたいなぁ、と思う。

それにしても、この神宮球場も何十回も来たけれど、日本のスタジアム(サッカー場も含む)の中で、建造物として一番好きなのはここだ。まさに「レガシー」だと思う。


神宮球場を横切って、秩父宮ラグビー場へ。



全国高校ラグビー大会東京都予選、第1地区、第2地区代表決定戦。

第1地区決勝は、東京高校が早実に快勝。FWとBKのバランスがいいチームだなという印象。

第2地区決勝は、國學院久我山vs明大中野だった。
試合は絶妙なキックパスで久我山が先制したが、明中がすぐに反撃。
全体的に、明中の前へ出る意識の強さが目につく。

追いつ追われつの大接戦で、片時も目が離せず、途中で神宮球場へ柳を観に行こうかなと思っていたことなど、どこかへ吹っ飛んでしまった。

19-19でノーサイド。

延長戦はやんないの?え?てことは抽選か!

大昔はメインスタンド前で公開抽選だったが、両校キャプテンだけが別室に入り、抽選を行うようになったのは、いつ頃からだったか。
ラグビーにおける、引き分け試合の抽選という決着のつけ方は、すべては80分間の中にある、という理念は理解できるけれど、やはり何度経験しても慣れることはない。
しかも、現地観戦で抽選に立ち会うのは初めての経験だった。抽選結果を待つスタンドの雰囲気って、こんな感じなのか。

時間にして10分くらいだったかもしれない。やがて、両校キャプテンが姿を見せた。
2人とも落ち着いた表情で、チームメイトたちを集める。その様子からは、どちらが当たりくじを引いたのか分からなかった。

そして、場内アナウンスで、明中が花園出場権を獲得したことが告げられると、明中応援席から大歓声が起こり、ここで初めて、明中フィフティーンが喜びを爆発させた。
明中が花園に出場するのは27年ぶりになる。

明中も久我山も好チームだったな。久我山の分まで明中は花園で頑張るだろう。
明中のフルバックの小島くんという長身選手が、荒削りながらもスケールの大きさを感じさせるプレーを見せていたので、今後追いかけてみたい。
author:ぐっちい, category:ラグビー
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次のステップへ進むキミに贈る言葉

松原 健選手 横浜F・マリノスに完全移籍のお知らせ

 

 

 

噂通りに、なんだけれど、思ったより早く発表になった、という感じだ。

 

マツケンが大分から新潟に移籍してきたとき、大分で出場機会が激減していたということもあったけれど、それ以上に、リオ五輪に出たい、そのためには同じポジションのライバルである川口尚紀がいる新潟に移籍して、レギュラーを奪い取るんだ、ということを言っていたことが、とても印象に残っている。

 

そんなマツケンも、新潟ではケガが多くて、結局、ケガの影響でリオ五輪代表を逃し、バックアップメンバーにも入れなかった。

 

最大の目的が失われてしまったら、それは次のステップを考えるときなのだろうな。恐らくそれは、一般人の人生においても。

 

 

マツケンと武蔵のコンビの明るさが、聖籠の雰囲気を明るくしていた。

その一方で、真摯にトレーニングに打ち込む姿には、感じるものがあった。

 

気持ちよく右サイドを駆け上がり、クロスを上げるプレーは、マツケンの真骨頂。ただ、チームの戦い方がパスサッカーへと移行する中、それにアジャストしきれなかったような印象もある。

マリノスのサッカーにアジャストできるかどうかは分からないが、ストイックに努力できる選手だからね。新潟戦で活躍してもらったら困るけどw

最後にマツケンダンスを踊ったのが日産スタジアムだったというのも、因縁としか思えない。

 

マツケンには、色々と楽しませてもらったよ。3年間ありがとう。幸せなサッカー人生を。そしていつかA代表へ。

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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Enjoy Football!

11月11日、金曜日。

 

 

この日は定期検診のため1日休みをもらっていたので、病院へ行く前に、聖籠へ天皇杯前日練習を観に行った。

 

急遽一部非公開ということになり、練習開始から30分ほど、駐車場の車の中で待っていた。やがて、広報さんが駐車場へやってきて、「公開でーす」と言って回る。入口の扉が開いた。

 

時折パラパラと雨が降る天候ではあったものの、思ったよりも寒くはなく、クロスからのシュート練習をリラックスした雰囲気でこなす選手たちを見ていた。

 

 

今季、聖籠に足を運んだのはたぶん5回くらいだったと思うけれど、このチームの雰囲気は好きだった。適度なテンションの高さと、前向きな明るさと。緩いなぁ、と思ったことは一度もない。
それでも、徹底的に結果が出ないシーズンだった。広島戦終了後、裕紀や成岡さんが言っていたように、そこには必ず原因があり、それを突き詰める必要があるのだと思う。

 

練習終了後、選手たちはファンサゾーンにやってきてくれた。端っこの方に立っていると、裕紀が来た。

 

──明日は、ノビノビやってください。

 

と声をかけると、裕紀は真っ直ぐな視線で、

 

「ありがとうございます」

 

と、手を差し出してくれた。握手。

 

今シーズンに限らないけれど、裕紀がノビノビとプレーしている試合は、新潟はほとんど勝っているという印象を持っている。だから、残留争いという重圧から解放された明日の試合は、裕紀にノビノビやってほしかった。それは、他の選手たちにも伝えたい言葉だった。

何も恐れることはない。Enjoy Footballだよ!

 

 

 

11月12日、土曜日。

 

8時25分発の上越新幹線で東京へ。この日上京することは、大学のクラス会の日程が出た時点で決まっていて、その後、天皇杯が日産スタジアムで行われることになったので、御茶ノ水へ行く前に日産スタジアムへ行くことにしたのだ。

 

 

しかし、キックオフが15時で、御茶ノ水駅での待ち合わせが17時30分だったため、どう考えても後半途中でスタジアムを出ないと間に合わない。残念だけど仕方がない。見られるところまでしっかり見よう、応援しよう。

 

そんなわけで、天皇杯4回戦横浜F・マリノス戦は、ゴール裏の端っこの方で見ることになった。

 

 

試合が始まる少し前、ちょっと席を外して戻ってきたら、

 

「ほら、ノザがいるよ!」

 

と教えられ、斜め後方を見たら、野澤洋輔が奥さんと子どもと一緒に座っていたので、思わず「おおお!」と声を出してしまった。

 

やがて、他のサポーターに見つかったノザは、大歓声の中引っ張り出され、トラメガを持たされていた。
そして、お約束のようにサポーターを煽るノザw
いいなぁ、ノザは。変わらないなぁ。もう37なのにw
ちなみに、奥さんはとても美人で、息子くんは目元がパパ似であったw


さて、試合。

 

私は後半30分頃に後ろ髪を引かれつつスタジアムを後にしたので、最後の最後、マリノスの天野に決められたFKも、試合終了後の選手の涙も目の当たりにしていない。
だから、その場の空気感を書くことができないのが残念だ。

 

でも、前半の選手たちは、実にノビノビとプレーしていたと思う。重圧から解放されるとはこういうことなのか。そんなことを思いながら見ていた。
ずっと、こんな選手たちの姿を見たいと願い続けてきたシーズンだった気がする。

 

前半は完全に新潟ペースで、チャンスをどんどん作り、ゴールに迫る。しかし、シュートがことごとく枠を外れていく。
これが今年のチームを象徴しているようだったが、パスワークでの崩しは、ヤンツーさん時代から今年の達磨さんの取り組みがチームにしっかり根付いていることを感じさせるものだった。
そこに、来季へ向けてのベースになるものを感じさせてくれた。

 

後半に入ると、新潟のペースが落ちてきたことと、マリノスが新潟のプレスをいなしてきたこともあって、マリノスの方に流れが行くシーンが増えた。でも、決定的なピンチは、ほとんどなかったのだ、私が見ている間は。

新横浜から乗った東京行きの新幹線の中で、サヨナラ負けのような敗戦を知った。

 

ああ、本当に終わってしまった。2016年のアルビレックス新潟が。

もう、このチームを、同じメンバーで見ることはできないのか。

 

でも、ノビノビとサッカーしている選手たちを、最後に観ることができて、日産スタジアムへ行って本当によかった。
日産スタジアムで見た選手たちとノザの姿、前日の聖籠での裕紀の表情と差し出してくれた手は、忘れないだろうなと思うのだ。


東京駅に到着し、中央線に乗り換えて御茶ノ水へ。

御茶ノ水橋口の改札を出ると、クラス会の幹事がすでにいて、話をしているうちにみんなが集まってきた。

 

クラス会の会場は、大学の中にあるカフェパンセ。明治でカフェなんて、昔のことを考えると隔世の感がありすぎるw

 

カフェへ行く前に、大学生協に寄っていこうということになり、昔は師弟レストランがあった地下1階に移転した大学生協へ。
大学グッズ売り場を眺めていたら、「体育会カレンダー」なるものを発見してしまい、ついつい買ってしまった。
表紙に登場しているのは、競走部、硬式野球部、ラグビー部。そうか、この3つが今の明治大学体育会の顔なんだな。サッカー部も頑張れw

 

 

パーティーでは、昔話や近況について話が尽きなかった。いくつになっても、大学の仲間はいいものだ。
来年も、みんな元気で会おう。またアルビの試合とうまく重なればいいんだけど。

 

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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えのきどいちろうトークショーin北書店2016開催のお知らせ

波乱万丈の2016年のJ1リーグも終了し(なんか、去年も一昨年も波乱万丈という言葉を使ったような気がしますが)、2016年アルビレックス新潟が闘う舞台は天皇杯を残すのみとなりました。
皆様に於かれましては、いかがお過ごしでしょうか。
さて、来る11月27日(日)、今年もえのきどいちろうさんのトークショーを北書店(新潟市中央区)で開催いたします。この2016年シーズンのアルビレックスの闘いを、えのきどさんはどうウォッチングしていたのでしょうか?
トークショー終了後、いつものようにサイン会と懇親会も開催します。こちらも奮ってご参加ください!

 

【開催日】2016年11月27日(日)

 

【時間】14時〜16時(サイン会あり)

 

【会場】新潟市中央区医学町2-10-1 ダイアパレス医学町1F・北書店

 

【定員】特に設けません(ギュウギュウ詰めでどうにもならない状況になりそうになったら締め切りますが、80名くらいまでなら大丈夫だそうです)

 

【参加費】お一人様1,000円(当日受付にて)

 

【懇親会】17時〜(会場:北書店) 定員20名 お一人様3,000円

 

【お申込み方法】北書店まで、メール(sato@kitashoten.net)にて
(1)代表者名
(2)連絡先(電話番号)
(3)参加人数
(4)懇親会参加・不参加
をご明記の上、お申し込みください。北書店店頭でも承ります。

 

※北書店には専用駐車場がありません。市役所駐車場、白山公園駐車場など周辺の有料駐車場か、公共交通機関(JR白山駅から徒歩約15分、バス「市役所前」下車すぐ)をご利用ください。
※当日は「アルビレックス散歩道2015」の販売は行いませんので、本にえのきどさんのサインをご希望の方は事前にご購入の上お越しください。

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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この悔しさを忘れずに次へ、来シーズンへ

 

11月3日、木曜日、祝日。

 

この日は午前中仕事をし、そのままビッグスワンへ駆けつけたので、入り待ちにも、えのきどさんのサッカー講座にも間に合わなかった。

 

東京在住の菊地サポの友人が、テレビで名古屋vs湘南を観戦しながら途中経過をLINEで逐一報告してくれて、得点経過を確認しながらの観戦となった。

 

試合のことは、細かく書くのはやめておこう。

 

何だか、辛く苦しかった2016年シーズンを象徴する試合になってしまった。しかし、残留という最低限のミッションを達成するために、ベンチも、選手たちも、やるべきことをやり通したのだと思っている。

 

前半の終わり頃から感じられていた「無理に攻めない」という姿勢は、0-1でビハインドを負っているチームの闘い方としては、確かにあるまじきものだったかもしれない。

 

しかし、後半に入って明確に「このまま試合をクローズして、得失点差の勝負に持ち込む」という闘い方を選択したその割り切りは、あぁ、ベンチには瑞穂の途中経過が入っているんだなと感じた。このシーズン、その割り切りができずに不用意な失点をしては勝ち点を失うことが多かったチームのリーグ戦ラストゲームで、ようやく失敗を糧にしたのだと思う。本当なら、ホーム浦和戦でそれができていなければいけなかったのだが、その苦い失敗と名古屋vs湘南のスコアを踏まえ、勝つことよりも得失点差を守ることを優先したベンチの判断、そして悔しさを胸にそれを全うした選手たちの思いを否定する言葉を聞くと、胸が苦しくなってしまう。

 

J1に残るか、J2に落ちるか。新潟のようなチームには、とてつもなく重い意味を持つのは、言うまでもないこと。降格が決まった名古屋の、その後の迷走ぶりを見ると、降格が新潟だったら、どんなことになっていたのかとゾッとする。

 

もちろん、今は残留できたという事実しかないので、来シーズンについては、クラブやチームが抱える山積の問題をどう解決していくかからスタートしなければいけない。監督人事や選手との契約など、ひとつひとつクリアしていくしかないだろうと思うけれど、まだ天皇杯が残っている。残された1冠への可能性がある限り、それに向けて全力を尽くしていきたい。

 

試合後の最終戦セレモニーでの、社長挨拶への大ブーイング、フチさんと裕紀への拍手は、サポーターの素直な気持ちだっただろう。
フチさんと裕紀の言葉、そして達也の涙には、必死に戦ってきた現場が背負ってきた重圧の大きさと、ここまで状況を苦しくしてしまったことへの悔しさが感じられた。
裕紀は涙をこらえながら、「チームを上手くまとめられなかった僕の責任です」と言った。その悔しさは、ピッチで晴らしてほしい。天皇杯、そして来シーズン、また一緒に頑張ろう。たぶん、今週の金曜日に聖籠へ行けると思うので、その時に裕紀には声をかけたいと思っている。


すべてが終わった後、駅南けやき通りの「ひゃんで!」で打ち上げをしていたら、テレビ局の生中継が入ってしまい、「残留おめでとう!」と乾杯するシーンを放送されるということがあったりもしたがw 乾杯で歓喜を爆発させるよりも、しみじみとみんなと語りながら噛み締めていたところだったので、何とも複雑な思いだった。

 

もう、こんなシーズンは終わりにしたい。もっと選手たちが楽しそうにプレーしている姿が見たい。
今年の振り返りはまだ先だけれど、天皇杯で、重圧から解き放たれてノビノビとサッカーをする選手たちの姿が見られることを、心の底から願っている。

author:ぐっちい, category:アルビレックス
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