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日本海側初のリーグワン開催

【2021ー2022シーズン NTTリーグワン第11節】

(新潟市陸上競技場)

 

クボタスピアーズ船橋東京ベイ 34-3 NTTドコモレッドハリケーンズ大阪

 

 

 

群馬戦の翌日、久しぶりのラグビー観戦で市陸へ。

今シーズンから始まったラグビーリーグワン、クボタvsNTTドコモです。

なんと、日本海側でリーグワンの試合が開催されるのは、これが初なんだとか。えー。秋田とかでもやればいいのに。

 

ラグビーW杯2019日本大会で日本中がラグビー人気で盛り上がっていた頃、それまで毎年トップリーグのクボタ戦が開催されてきた新潟では、しばらくトップリーグが開催されませんでした。その理由は、2019‐2020シーズンはW杯によるトップリーグ開催時期の変更でスタジアムが確保できず、その後はコロナ禍でトップリーグが中止になったりしたことなどでした。

 

新潟でクボタの試合が開催されたのは、2018年11月11日以来だったのですね。もう4年前か〜。

 

ここまでの空白期間は、新潟では高校ラグビーしか観に行けなかったんですよね。

 

コロナ禍で秩父宮や熊谷へ行くこともできず、トップリーグもリーグワンも、ずっとテレビ観戦で我慢せざるを得ませんでした。

 

 

市陸へ行くと、ホストチームであるクボタの選手たちの写真入りのぼりが飾られ、スタグルのキッチンカーがずらりと並び、クボタの最新型トラクターの展示、トークショーやサッカー体験教室などでとても賑わっていました。

 

愛しのハルさん(立川理道選手)。私はこの人のプレーが見たくてクボタを応援していると言っても過言ではないw

 

新潟クボタさんのトラクター展示。イマドキのトラクターってかっこいいなぁ。聞くところによると、冷暖房完備なんだとか。すげー。

 

ちょうどトークショーをやってました。「亀田の星」クボタOBの高橋銀太郎さん(通称銀ちゃん)とラグビー芸人のしんやさん。ん?よくよく見ると誤字がw

 

トークショーの様子。盛り上がってました。

 

リーグワンは、ホストチームが試合会場の運営も担うので、ホストチームのカラーが前面に出ます。これもトップリーグから大きく変わった部分。

 

子ども向けのラグビー体験教室。ちびっこがたくさんいました。

 

リーグワンはTMO(テレビジョンマッチオフィシャル)によるビデオ判定が行われるので、大型映像装置がない市陸では、簡易型映像装置が持ち込まれていました。こういう手があったか〜。

この日はTMOが4回くらいあったので、大型ビジョン大活躍でしたね。

 

ハーフタイム。クボタのマスコット・スッピーくん(ユニコーン)が愛想を振りまいてました。

 

 

試合は、クボタの圧勝になるんじゃないかなと思っていたのですが、NTTドコモのFWが頑張り、スコアよりも拮抗した内容になりました。クボタのミスが多かったのもありますが。

 

この日の観客数は2,242人。メインスタンドもバックスタンドも程よく埋まり、みんなラグビーに飢えていたんだろうなと感じさせる盛り上がり方でした。

初ラグビー観戦の人も少なくなかったようなので、楽しんでいただけたでしょうか。

 

天気も午後から晴れるという予報通り、キックオフ後、どんどん青空が広がってきて暖かくなり、ちょうどいいラグビー日和となりました。

 

個人的には、ハルさんのプレーにホレボレし、ファンデンヒーファーはいいFBだなぁと思いながら見てました。

 

来シーズンもリーグワンの試合が新潟で開催されるといいな。

そして何より、秩父宮や熊谷へ心置きなく観戦に出かけられる世の中になって欲しい。

 

そんな思いが一層強くなった一日でした。

 

author:ぐっちい, category:ラグビー
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7人制ラグビー今昔

東京オリンピックで、私が最も注目している競技が7人制ラグビーなのは、言うまでもありません。

昨日までは男子が行われ、フィジーがニュージーランドを破って金メダルを獲得しました(銅メダルはアルゼンチン)。

日本は、というと、韓国に11−12位決定戦で勝ち、11位になりました。

今日からは女子が開幕します。

 

7人制ラグビーとは、15人制とほぼ同じルール、しかも同じ広さのフィールドを7人で走り回るという、無謀極まりない競技。

それだけ、広大なスペースを走り回るスピード感や迫力は、15人制とは違う魅力があります。

なんてったって、試合はノンストップで目まぐるしい展開です。息つく間もありません。

 

フィジーvsニュージーランドの決勝戦と、日本vs韓国の11−12位決定戦を観ていて感じるのは、世界とアジアの7人制ラグビーは、こんなに差がある、ということでした。

15人制はW杯で日本が大躍進して、世界との差が一気に縮まったというより、肩を並べたんじゃないかと思ってしまうのですが、それが実は幻想だったのではないかと思えるくらいに。

 

かつては、アップセットが起こりやすく、フィジカル勝負を回避しやすいので、日本が世界に対抗できるのは15人制よりも7人制ではないかと言われていましたが、もはやそんな時代ではなく、上位チームはスピード、戦術は日本のはるか上を行き、さらにフィジカルで圧倒してくるようになりました。

 

これを乗り越えて、本気でオリンピックでメダルを目指すのであれば、15人制の片手間で、7人制が得意な選手をピックアップして強化する程度では、どうしようもないんだな、ということを痛感されられたのです。

 

最初から7人制に特化した選手を早い時期から鍛え抜く、という考えに日本ラグビー協会が本腰を入れない限り、世界との差は広まる一方です。リオオリンピックで4位になれたのは、世界の7人制ラグビーの進化がまだそこまでではなかったというだけで、その後の進化のスピードに、明らかに日本は追いつけてませんね。

 

15人制と違い、オリンピックという舞台を与えられたわけですから、日本ラグビー協会の7人制への本気度が問われるんじゃないかと思います。

そういう意味では東京オリンピックは絶好のチャンスだったのですが、間に合わなかったですね…。

パリではもっといい結果を!と思うのですが、パリオリンピックでは継続して正式種目になるでしょうか。フランスはラグビー強豪国だから、やってくれそうな気がしますが。

 

とにかく、まずはジャパンセブンズと東京セブンズを復活させてほしいのです。

この2つの大会がなくなったことは、7人制の強化に少なくない影響を与えたはずですから。

 

今から10年前、東日本大学セブンズで新潟大学ラグビー部が早稲田に勝つという大番狂わせをやってのけたことがありましたが

(その当時のことは、こちらに書いています)、そんな時代もあったねと口ずさんでしまいたくなる今日この頃(笑)

 

でも、そんな中で、日本にも卓越したスピードを見せつけた、松井千士(ちひと)選手のような選手もいます。

いやー、フィジーから奪った80メートル独走トライは痛快でしたね〜。

かつて、「an-an」のイケメンアスリート特集に取り上げられたこともある松井くんのおかげで、7人制にも女性ファンが増えることを祈ります。

 

author:ぐっちい, category:ラグビー
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ラグビーの花芽〜私的ラグビーワールドカップ

 

2019年も残り約3週間。ラグビーW杯が閉幕してからも1ヶ月以上が経ってしまった。

未だにラグビー日本代表のメンバーが各メディアに顔を出す状況が続いていて、今年の流行語大賞には「ONE TEAM」が選ばれたりもしている。

 

こんな状況になろうとは、半年前に想像した人がいただろうか。少なくとも私は、半年前どころか開幕1ヶ月前でもまだ、「日本戦以外の観客席が空席だらけだったらどうしよう」とか「テレビ視聴率が1ケタ台にしかならなかったら、いろいろ言われそうでイヤだなー」とか思っていたのだ。それがどの試合も満員か満員に近く、テレビ視聴率も日本vs南アフリカが瞬間視聴率で50%近くを記録するとは。

スタジアムだけではなく、入場者100万人超えのW杯新記録を樹立したファンゾーンや、試合会場から遠く離れた新潟でさえ、メディアシップでのパブリックビューイングは大盛況だった。

イングランドvs南アの決勝のパブリックビューイングへ行った時、このパブリックビューイングの仕掛け人である、新潟県ラグビー協会会長の三膳さんが、ビール片手に試合を見ながら熱い解説を繰り広げていると、隣にいた若者コンビに、

 

「ラグビー詳しいっすね!」

 

と言われていたのが、一番のハイライトであるw

 

さて。そんな私も、予選プール2試合を観に行った。フランスvsアルゼンチン(東京スタジアム)とジョージアvsウルグアイ(熊谷ラグビー場)。

味の素スタジアムがW杯期間中だけは、正式名称の「東京スタジアム」に戻り、Jリーグで訪れる時とは違って見えた。

 

調布駅前広場のファンゾーン。ラグビー体験コーナーでは、トップリーグ選手たちに親子でチャレンジ!

 

飛田給駅前。ワールドカップ期間中は味の素スタジアムではなく東京スタジアムに戻った

 

アルゼンチンファンのみなさん

 

ニワトリのコスプレしてるフランスファンのおじさんたちは大人気。(ニワトリはフランスの国鳥です)

 

フランスファンは陽気でした

 

スタジアム内のファンゾーンでは、茶の湯の体験コーナーも。やはり正座は辛そう

 

この日はフランスvsアルゼンチンでしたが、他国のファンも多数観戦してましたね。スコットランドファンとアイルランドファンのカップルがハイネケンを注文

 

そしてW杯のために改装された熊谷ラグビー場は、何もかもがピカピカで(トイレもホテルのようだった)、ラグビー場までの道が交通規制でシャトルバス専用レーンになって渋滞知らず、街全体がラグビーを盛り上げようという空気に満ちていた。

 

熊谷駅前のラグビー少年像。熊谷ラグビー場開設当時にはなかったですねー、これは。

 

熊谷ファンゾーンのシャトルバス乗り場

 

熊谷駅でもらった「スクマム!クマガヤ」(ラグビータウン熊谷のブランド)のクマくんのウチワ(開くとラグビーロード沿いのお店が紹介されているイラストマップになっている優れもの)と、販売していたピンバッジ

 

新しくなった熊谷ラグビー場。トイレまでピカピカでした

 

熊谷のスタンドにいたボランティアの高校生はラグビー部員で、

 

「ここは、県大会の決勝会場なので、いつも僕らはここを目標に練習しているんです。それがW杯の試合会場になっているなんて、夢のようです」

 

と、目を輝かせながら話してくれた。こうやってラグビーW杯はレガシーを生み出していくのだろうな。本当に、日本で開催できてよかった。それだけに、新潟でもやりたかった。

そういえば、W杯を記念して丸屋本店が発売した「ノーサイド最中」というお菓子は、20年後に次のW杯が日本で開催されるまで販売するそうな。やるなぁ、丸屋本店さん。(話によると、社長が同志社でラグビーをやっていた人なんだとか)

20年後。今度こそは、新潟も開催都市になろう。

 

W杯が終わり、日本代表もジョセフHCが引き続き指揮を執ることが発表され、トニー・ブラウンアタックコーチの留任もほぼ確定のようだ。(長谷川慎スクラムコーチはヤマハ復帰が発表された)

初のベスト8進出という偉業達成の余韻はまだまだ続いているけれど、もう4年後のフランス大会に向けて一刻も早くスタートを切らなければ間に合わない。

この日本でのラグビー熱が、さらに盛り上がるために、やれることはたくさんあるよなぁと思うのだ。そのためにも、日本代表は進化し続けなければならないし、日本代表が強くなるためにも、トップリーグや大学ラグビー、高校ラグビー、そしてジュニア世代のラグビーが、もっともっと盛り上がらないとね。

 

11月30日、大学のクラス会で東京へ行ったついでに、関東大学ラグビー対抗戦の慶應vs帝京を観に秩父宮ラグビー場へ行った。

29-24で慶應が9年ぶりに帝京に勝ったのだが、大学ラグビーらしい熱があり、エモーショナルなナイスゲームだった。

私の斜め前に座っている父子がいて、まだ幼稚園生くらいの男の子は、プレー一つひとつに反応し、「すごい、すごーい!」と手を叩いて喜んでいた。あぁ、この子はそのうちラグビースクールに入るかもしれないなぁ、入ってくれないかなぁと思いながらその様子を眺めていた。

W杯がきっかけで、ラグビースクールの入会希望者が激増しているという。ようやく芽吹き始めたラグビーの花芽を、大切に育ててほしいと、心から思う。

author:ぐっちい, category:ラグビー
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ノーサイド・ゲーム

ラグビーW杯での日本代表の戦いはベスト8で終わり、残すは今日明日のベスト4と来週の3位決定戦、そして決勝を残すのみになった。

まだまだお楽しみはこれからですよ、みなさん!

 

今ごろになって、録画していた「ノーサイド・ゲーム」を見てたりしている。

劇中で、アストロズ唯一の日本代表選手であるSH里村(演じているのは、明治とトヨタでプレーしていた佳久創。お父さんは元プロ野球中日の郭源治さん。佳久くんは現役時代はSHではなくWTBかCTBだった)がライバルチームに引き抜かれるというエピソードの中で、アストロズとして「移籍承諾書」を出すかどうかというやり取りが出てきた。

 

これは、選手の移籍に際して、移籍元が移籍承諾書を出さないと、移籍先で1年間公式戦に出場できないという取り決めが、実際にトップリーグにあったということをモチーフにしていると思われる。
この取り決めは、独占禁止法に違反する疑いがあるという公式見解を受けて、昨年ようやく撤廃されたので、今は存在していない。
ただ、ストーリーの流れで、あえてこれを出したのだろうな、池井戸潤さんは。

 

実際にあった話では、この取り決めで対照的な流れになったのが、日本代表不動のSO田村優と、その弟、田村熙(ひかる)。
二人とも、当時低迷期にあった明治で、大黒柱として頑張っていた。

 

兄は明治からNECで7シーズンプレーした後、キヤノンに移籍。弟は東芝に入り、わずか1年でサントリーに移籍。
兄は移籍後すぐに公式戦に出場したが、弟は1年間公式戦に出場できなかった。


これは明らかに、それぞれの移籍元チームが移籍承諾書を出したか出さなかったか、ということ。兄はNECにとって長年主力としてチームを引っ張っていた功労選手であり、何よりW杯を目指す日本代表の大黒柱でもあったので、NECは移籍承諾書を出してくれたのだろう(万が一、出さなかったら、ラグビー界から批判を浴びただろうなぁ)。一方の弟は、大卒1年で移籍したので、東芝は認めてくれなかったと。
東芝の判断は、当時の常識では当然だっただろう。しかも、同じ府中市内に本拠を置くライバル中のライバルに移籍したのだから。

 

「ノーサイド・ゲーム」でのアストロズ里村は、最終的にはチームメイトたちの理解もあって、移籍承諾書を出してもらえ、移籍先のサイクロンズで、アストロズの強敵として立ちはだかる。


ここらへんの細かなディテールの描きかたは、池井戸潤らしさであり、演出の福澤克雄さん(旧姓山越、慶大ラグビー部時代は日本代表A(U-23)にも呼ばれたことがある、ゴツいロックだった)のこだわりなのだろう。

元日本代表や、大学やトップリーグで活躍した選手(現役・OB含む)を配役にし、練習や試合のシーンに本物を持ってきた、このドラマの本気の作りが、ラグビーに興味を持つファンを増やし、ラグビーワールドカップ本番の盛り上がりの一助になった。
ワールドカップの放映権を持たないTBSが、日テレやNHK、J SPORTSに塩を送る形で、このようなドラマを制作したのは、もともと高校ラグビーの中継を長年してきて(実際の番組制作は同系列の毎日放送)、伝説のドラマ「スクールウォーズ」を世に送り出した局としてのプライドでもあったのかもしれない。

author:ぐっちい, category:ラグビー
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歴史が変わる日

10月13日は、15時からサッカーJ2愛媛FC vsアルビレックス新潟、19時45分からラグビーワールドカップ日本vsスコットランドだった。

まず、サッカーで新潟が勝って、その勢いで日本がスコットランドに勝ってベスト8、というのが最高のシナリオなんだけどなぁ、と思っていた。

 

果たして、新潟は相性の悪い愛媛に1-0で競り勝ってくれた。至恩と史哉が2試合連続スタメンで、その至恩のスーパーミドルが決まり、それが決勝点になった。

全体的に愛媛にボールを持たれる苦しい展開の中、至恩のゴールを守りきった。守りきれるようになったのは、チームの成長であり、ようやく積み重ねが形になってきた。もっと早くこうなっていれば、という思いはあるけれど、プレーオフ圏内への可能性をまだまだ追い続けていかなければいけない。

もうね、残り全勝しましょうよ。

 

 

そして、スコットランド戦。

試合展開を細かく書く必要はないだろう。日本がスコットランドに勝ち、予選プールAを4戦全勝で1位通過し、初のベスト8入り。

大会前に思い描いていた夢が、本当になった。

 

私が初めて日本代表のテストマッチを観に行ったのは、89年のスコットランド戦だった。ずっと大学や社会人の試合は山ほど観に行っていたのに、日本代表を観に行きたいと思ったことがなかった。

どうせ勝てない。

アジアでは勝てても世界では通じない日本代表を観るのが辛かったからだ。 

でも、そんな私の「日本代表観」を変えてくれたのが、宿沢ジャパンのデビュー戦であったスコットランド戦だった。秩父宮ラグビー場のバックスタンド最上段で目の当たりにした歴史的勝利は、日本代表の刺さるようなタックルとともに、記憶の底にある。

 

その後、ワールドカップでは91年にジンバブエに勝っただけで、その後は全く勝てず、95年にはオールブラックスに145点取られるという屈辱もあった。

繰り返される「世界で勝てない日本ラグビー」の姿は、出口の見えないトンネルの中にいるような感覚だった。

 

日本代表ヘッドコーチが、日本人から外国人に代わったのも、そんな屈辱の歴史が刻まれた後になってからで、エリサルドはうまくいかなかったものの、ジョン・カーワンがワールドカップでの日本の連敗を止め、エディー・ジョーンズのもとで、「世界で勝てる日本」にまで成長した。それがジェイミー・ジョセフによって開花したのだと思う。

 

今の日本代表の戦いぶりは、あの「接近・展開・連続」の大西理論をバージョンアップさせたもののように見える。

大西理論は体が小さな日本人が世界に勝つために編み出されたものだが、フィジカルでも十分対抗できるようになった今の日本代表が見せる「接近・展開・連続」は、それがいかに先端を行く理論だったかを教えてくれる。

それを証明したのがアイルランドとスコットランドを撃破した試合だったんじゃないだろうか。

 

4年前、予選プール最終戦のアメリカ戦に勝ち3勝目を挙げたのに予選敗退が決まり、ヒーローインタビューで五郎丸が涙を流したあの日。

あれからの日々を、選手たちもラグビー関係者も、どんな思いで過ごしてきたのかは想像することしかできないけれど、日本ラグビーの歴史が塗り替えられていく様を観てこられたことは、幸せだ。

 

そして、準々決勝の南ア戦で、さらに歴史が変わる瞬間が見たい。

author:ぐっちい, category:ラグビー
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チームのカルチャー

アルビが台湾→高知と春季キャンプの旅に出てしまっているので、その間はラグビーシーズンに染まっている。

 

で、1月29日にその国内ラグビーシーズンのラストを飾る、日本選手権決勝が行われた。対戦カードはサントリーサンゴリアスvsパナソニックワイルドナイツ。今季トップリーグ王者サントリーと、昨年の日本選手権王者パナソニックの顔合わせになったのだった。

 

私はというと、留守番を命じられていたので、家事をやりながらの「ながら見観戦」という、不真面目な観戦態度だったわけだけれどw、それにしても凄い試合だった。
勝ったのはサントリーで、スコアは15-10。しかも、トライはパナソニックの1つだけで、サントリーはSO小野晃征がPGで全得点を叩き出したのだ。

 

どちらもディフェンスが堅く、大きくゲインするシーンは多くはなかったし、実にタイトな試合内容。野球で言えば1-0の投手戦で決着がついた、という感じだったけれど、ブレイクダウン(接点での争い)での攻防が物凄くて、ラグビーの醍醐味を存分に味わえた。

 

その中心にいたのが、サントリーのジョージ・スミスと、パナソニックのポーコックという、元ワラビーズの第三列。
ブレイクダウンの場面で、相手ボールを奪い返すプレーを「ジャッカル」というが、2人はこれぞジャッカル、というようなプレーを連発していた。
ラグビーは、華麗なバックスによるトライシーンが華やかに見えるけれど、やっぱり試合の行く末を決定づけるのはFW戦なのだよなぁと、つくづく感じる試合だった。


試合後、サントリーの流キャプテンと沢木監督のインタビューがとてもよかった。

流キャプテンの口から、

 

「創業以来の「やってみなはれ」という精神で」

 

という言葉に、朝ドラ「マッサン」で、サントリー創業者・鳥井信治郎がモデルになった役を堤真一が演じ、「やってみなはれ!」というセリフが度々出てきていたのを思い出し、「カルチャー」という言葉に、サントリーの会社として、そしてラグビー部として積み重ねてきたカルチャーに対する矜持というものを感じ、ああ、これはアルビも確固たるカルチャーを創っていかなければいけないなぁ、なんてことを思ったのだった。

「やってみなはれ!」というカルチャー。失敗を恐れず、チャレンジをし続ける文化。

 

カルチャーか。たぶん、Jリーグでこれを持っているのって、鹿島くらいだよね。


さて、国内ラグビーシーズンもこれで終了。来月からはスーパーラグビーが始まる。サンウルブズの2シーズン目は、どんなシーズンになるだろうか。

author:ぐっちい, category:ラグビー
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引き分け抽選の風景
11月13日、日曜日。

御茶ノ水のホテルをチェックアウトして、向かった先は神宮外苑。



実は、国立競技場が取り壊されてから、ここに来たのは初めてだった。

学生時代から数えれば、国立競技場には何十回通ったか分からない。
あるべき場所に、あるべきものがない寂しさ。




神宮球場の敷地内を歩く。ちょうど、明治神宮野球大会の真っ最中で、第3試合が明治vs関大になっていた。
この日の明治の先発予定が柳だと聞いていたので、柳は観てみたいなぁ、と思う。

それにしても、この神宮球場も何十回も来たけれど、日本のスタジアム(サッカー場も含む)の中で、建造物として一番好きなのはここだ。まさに「レガシー」だと思う。


神宮球場を横切って、秩父宮ラグビー場へ。



全国高校ラグビー大会東京都予選、第1地区、第2地区代表決定戦。

第1地区決勝は、東京高校が早実に快勝。FWとBKのバランスがいいチームだなという印象。

第2地区決勝は、國學院久我山vs明大中野だった。
試合は絶妙なキックパスで久我山が先制したが、明中がすぐに反撃。
全体的に、明中の前へ出る意識の強さが目につく。

追いつ追われつの大接戦で、片時も目が離せず、途中で神宮球場へ柳を観に行こうかなと思っていたことなど、どこかへ吹っ飛んでしまった。

19-19でノーサイド。

延長戦はやんないの?え?てことは抽選か!

大昔はメインスタンド前で公開抽選だったが、両校キャプテンだけが別室に入り、抽選を行うようになったのは、いつ頃からだったか。
ラグビーにおける、引き分け試合の抽選という決着のつけ方は、すべては80分間の中にある、という理念は理解できるけれど、やはり何度経験しても慣れることはない。
しかも、現地観戦で抽選に立ち会うのは初めての経験だった。抽選結果を待つスタンドの雰囲気って、こんな感じなのか。

時間にして10分くらいだったかもしれない。やがて、両校キャプテンが姿を見せた。
2人とも落ち着いた表情で、チームメイトたちを集める。その様子からは、どちらが当たりくじを引いたのか分からなかった。

そして、場内アナウンスで、明中が花園出場権を獲得したことが告げられると、明中応援席から大歓声が起こり、ここで初めて、明中フィフティーンが喜びを爆発させた。
明中が花園に出場するのは27年ぶりになる。

明中も久我山も好チームだったな。久我山の分まで明中は花園で頑張るだろう。
明中のフルバックの小島くんという長身選手が、荒削りながらもスケールの大きさを感じさせるプレーを見せていたので、今後追いかけてみたい。
author:ぐっちい, category:ラグビー
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ラグビートップリーグin市陸

浦和戦の翌日、10月23日、日曜日。

 


市陸へジャパンラグビートップリーグ第8節、クボタスピアーズvsNECグリーンロケッツを観に出かけた。

毎年1試合はクボタのホームゲームが開催されるのだけれど、去年はW杯による変則日程のため、新潟開催がなかった。だから、2年ぶりのトップリーグだった(ちなみに、2年前はクボタvsヤマハ発動機ジュビロで、五郎丸も出場していたのだ)。

 

注目は、クボタの立川理道とNECの田村優という、日本代表&サンウルブズメンバーの対決。それ以外でも、クボタには合谷和弘とトゥキリロテ、NECには後藤輝也というリオ五輪7人制ラグビー代表選手がいて、見どころの多い試合だった。

 

 

クボタのマスコット、ユニコーンのスッピーくんも2年ぶり。元気そうで何より。クボタのジャージは今シーズンから全身オレンジ色になった。

 

平尾誠二さん逝去を悼み、会場には半旗が掲げられ、試合前には黙祷も捧げられたこの試合。

前半はNECがFW戦で圧倒し、クボタのミスを突いて田村優の2T1G1PGで15-0とリードして後半へ。
後半では、クボタのFWが奮起して、スピードのあるBKを走らせ、15-15で追いつく、という展開。

試合終了間際、クボタ陣内でクボタが反則を犯し、田村がPGを狙ったが、強い向かい風の影響もあってか外してしまい、そのままノーサイド。
いやー、PG決まってたら、文句なしのMOMだったなぁ、田村。

 

印象に残ったのはやはり田村で、見ていて本当にNECの大黒柱なんだと実感した。好守に渡って常にコーチングの声を出し、ディフェンス時にはサイドにポジションを取って、立川らの突進を止めていた。

 

めちゃくちゃ風が強くて、とにかく寒かったので、近くに陣取っていた北越や長岡工高のラグビー部員たちが、肩を寄せ合って寒さをしのいでるのが微笑ましかった。寒かったもんねぇ。

 

さて、今シーズンのラグビー観戦はどれくらい行けるだろうか。

 

 

author:ぐっちい, category:ラグビー
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平尾誠二さんの記憶

 

「ミスターラグビー」と呼ばれていた日本ラグビー界のスーパースター・平尾誠二さんが、53歳の若さで亡くなった。
ガンの闘病中だったとのことだった。

平尾さんのプレーは、伏見工高時代から見ていた。平尾さんがキャプテンだったときに伏見工高が初の日本一になった試合も、テレビで生中継を見た。
そのストーリーがモチーフになった伝説のラグビードラマ「スクール☆ウォーズ」には、平尾さんをモデルにした選手(劇中では平山、演じたのは四方堂亘)も登場している。

同志社大学へ進学してからも、そして神戸製鋼時代も、平尾さんは日本ラグビー界のスーパースターであり続けた。
思い出すのは、華麗なステップワーク。
ひらりひらりと舞うようにタックルをかわして走る姿は、今でも鮮明に思い出される。
「平尾のステップは、線で結ぶとほとんど直線で、最短距離を走っている」
と解説していたのは、誰だったかな。

その昔、日本代表監督だった宿澤広朗さん(故人)が、その著書「テストマッチ」の中で、当時日本代表キャプテンだった平尾さんをカラオケに連れて行ったエピソードが凄く好きだった。

平尾さんが、ルックスはいいし、頭もいい、人間性も素晴らしく、選手として何をやらせても完ぺきにこなしてしまうので、何か弱点があるんじゃないか、もしかして音痴だったりして?と考えてカラオケを歌わせたら、めちゃくちゃ歌も上手くて、「平尾の弱点探しをするのは諦めた」という話。
読みながら、何やってんだか宿澤さん、と思わず笑ってしまった。

ひたすらカッコよく、スターらしいスターだった平尾さん
2019年のラグビーW杯日本大会を見ずに逝ってしまうとは、ご本人が一番無念だろう。
日本ラグビー界にとっても大きな損失であり、本当に残念で仕方がない。

先に逝ってしまった宿澤さんや上田昭夫さんと、空の上でラグビー談義をしているのだろうか…。

author:ぐっちい, category:ラグビー
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1個のボールから
にわかラグビーファン、U20日本代表ヘッドコーチに会う。

「ほぼ日刊イトイ新聞」で、糸井重里さんとラグビーU-20日本代表ヘッドコーチの中竹竜二さんの対談の連載が始まったのだけれど、これがとにかく面白い。

昨年のラグビーW杯でエディージャパンの闘いを見て、すっかり「にわかラグビーファン」と化した糸井さんが、「にわか」の立場でラグビーについてのあれこれを中竹さんに教えてもらう、という内容。
糸井さんはラグビーファンとしてはにわかだけれど、もともと野球をはじめとするスポーツ観戦が大好きな人なので、見方が鋭いし、何よりスポーツそのものと選手に対するリスペクトを強く持っている。それだけに、中竹さんに対して知ったかぶりすることなく、素直に感じたままの問いかけをしているのが気持ちがいい。中竹さんの穏やかな物腰の受け答えも心地いい。
これから毎日連載を読むのが楽しみになった。


ところで、ラグビーにハマった糸井さんが、まずラグビーボールを買いに行ったという話を読んで、ああ、この気持ち、すごく分かるなぁ、と思った。
私もラグビーをテレビやスタジアムで観戦するようになるうちに、あの楕円形のボールに触ってみたい、手に持ってみたい、パスを投げてみたい、という気持ちが強くなり、起こした行動は「タッチラグビーチームに入ること」だった。
「ラグビーマガジン」の読者ページに、東京ガス大森グラウンドを練習場として活動しているタッチラグビーチームのメンバー募集があったので、早速連絡を取り、その週の日曜日に練習参加した。

最初にパスの練習をさせてもらったときの、楕円球の感触は今でも覚えている。タッチラグビー用のボールは、ラグビーボールよりひと回り小さいのだけれど、とにかく物凄く感動した。

ラグビーボールだけでなく、野球の硬式ボールも、ソフトボールも、サッカーボールも、手に持ったり蹴ったりするだけで、なんであんなにパワーがみなぎってくるんだろうか。


そして、新潟にUターンすると決めたとき、タッチラグビーの仲間たちが送別会を開いてくれて、本革製のラグビーボールに寄せ書きをしてプレゼントしてくれた。

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タッチラグビー仲間とは、今でも年賀状のやり取りをしているし、何かと気にかけてくれる。
1個のボールから生まれた繋がりは、一生モノなんだと、つくづく思う。
author:ぐっちい, category:ラグビー
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