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福島の特別な夏。

「福島の特別な夏。〜第93回全国高等学校野球選手権福島大会〜」
(ほぼ日刊イトイ新聞)

糸井重里さんが主宰しているサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を、ほぼ毎日見ている。
そこでの糸井さんのエッセイや、様々な連載を眺めながら、時折目からウロコが落ちてみたり、良品と思わぬ出会いをして「いい買い物」(散財ではないぞ、決して)をさせてもらうこともある。
最近も、ここで吉田戦車さんの「逃避めし」という本が出たことを知り、市役所前の北書店に駆け込んで注文をした。
北書店の店長さんは早速、ノートPCの検索画面を眺め、
「おお、これは見逃してた。面白そう」
と言いながら発注してくれた。で、ついさっき入荷の連絡が来た。すぐに取りに行かなくちゃ。



さて、その「ほぼ日」で、ずっと読んでいた連載があった。


「福島の特別な夏。」


東日本大震災によって発生した福島第一原発事故は、あまりにも大きな影響を、あまりにも広範囲にもたらし、未だに終息の気配すらない。
そんな中、どうにか開催にこぎ着けた夏の甲子園福島県予選を、「ほぼ日」クルーの永田さんという人が追いかけた。聖光学院が戦った甲子園まで。


同じ福島県でも、直接被害を受けた学校もあれば、震災の影響をほぼ受けなかった学校もある。
しかし、この夏が、全ての学校、全ての選手たちにとって、特別なものになってしまった。


それが政府のせいなのか、東電のせいなのかなんて議論は、ここでする気はないし、あまり意味がない。


ほんの半年前までは当たり前にできていた「野球をする」という日常が、当たり前ではなくなった。その事実の、ずっしりとした重さ。
でも、その重さを背負いながらも、選手たちは「特別な夏」を、「いつもと変わらない夏」と同じように戦おうとしているように見えた。



その日々を、関係者や選手たちと向き合いながら、淡々と、丹念に追う連載を読みながら、ふと思い出したこと。



原発事故の警戒区域内にある双葉町に、福島県立双葉高校という学校がある。
過去3度、夏の甲子園に出場したことがある伝統校なのだけれど、その双葉高校が初めて甲子園に出場した夏のことを、なぜか覚えている。


江川卓が「怪物」と呼ばれ、広島商が優勝した1973年夏。


なぜ双葉高校を覚えているかというと、ユニフォームの袖に、原子力マークが入っていたからだ。
子ども心にも、そのインパクトは強かった。
調べてみると、福島第一原発が営業運転を開始したのが1971年。
「原発の町」という称号は、当時はとても誇るべきことだったんだろうと思う。
40年後の出来事など、想像した人はほとんどいなかっただろうし、「いつもの夏」は永遠に続くと信じてたはずなのだ。


双葉高校野球部は、震災前は40人ほどいた部員が散り散りになり、避難先で転校してしまったりして、夏の福島県大会では15人で戦ったという。
来年は、どうなるか分からない。学校自体の先行きも分からない。
そして、同じ立場に立たされている学校は、双葉高校以外にもたくさんあるし、サッカー少年もラグビー少年も…たくさんのスポーツ少年少女たちが岐路に立たされているのだろう。


山脈ひとつ隔てた隣県で、同様に原発を抱える新潟にとっても、「福島の特別な夏」は、決して他人事じゃない。
もしも「起こるはずがないこと」が起こり、当たり前が当たり前でなくなったとき、私たちはどう考え、どう行動するだろうか。本当に、色々なことを考えさせられる連載だった。

author:ぐっちい, category:野球
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