勝手に競馬ワンダラー関屋競馬場編 | ぐっちいのスポーツを読もう!
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勝手に競馬ワンダラー関屋競馬場編
「グリーンチャンネル」という競馬専門チャンネルに、「競馬ワンダラー」という番組がある。
フリーアナウンサーの浅野靖典さんが、全国の競馬関連施設を巡る旅で、時には、今はなくなってしまった競馬場跡をたずねて、その痕跡探しをしたりする。

で、ちょっとそのマネをしてみようかなぁ、と思い立ったのだ。
そのきっかけは、新潟日報で「新潟競馬場50年」という別刷りがあり、その中に、今はなき関屋競馬場の地図が載っていたからである。


※クリックで画像拡大

そこで、水と土の芸術祭のアート作品を見に、散歩がてら関分記念公園へ行くついでに、関屋競馬場の痕跡を巡ってみることにした。



まずは、関分記念公園(通称たこ公園)にあるアート、(海2)「心園の渡り」(グァン・ファイビン)。



関屋競馬場があった場所は、関分記念公園のすぐ近く。関屋分水路を作るにあたって、立ち退きする住民の移転先に関屋競馬場周辺が選ばれ、競馬場は今の場所に移ったという経緯がある。




まず、訪れたのは、堀割橋から繋がる直線道路。
地図によれば、ここがメインスタンド前の最後の直線コースだったらしい。この道は有明線のバス路線が通っていて、車でも度々通るなじみの深い道。
もしかしたら、「とんかつ太郎分店」の前あたりで、ラストスパートの鞭が入っていたのかもしれないと思うと、いつもの道が味わい深くなるなぁw




次に、行ってみたのは、直線道路から堀割橋の少し手前で右に入る路地。競馬場の外周の名残…ということなんだけれど、なるほど、この微妙な道路のカーブが、外周っぽいぞ。




西大通りから少し入ったところ、スーパーウオロクや中華料理の瑞鳳の裏手くらいに位置する関分公園には、「新潟競馬場跡の碑」があり、競馬場の歴史と、移転の経緯について書かれている。
日報の別刷りによると、このあたりには競馬場の厩舎があったとのこと。ウオロクや瑞鳳が建つあたりも競馬場の敷地内だったようだ。




関屋駅脇の踏切には、今でも「競馬場踏切」という名前が残っている。2007年までは、踏切のたもとに「競馬町マーケット」という市場があって、八百屋さんとか肉屋さんとかが入っていた。取り壊されて、今は住宅になってるけれど。




西小針線の「信濃町」バス停。競馬場があった頃は、このあたりの地名は「競馬町」で、移転してから「信濃町」に地名変更されたのだが、バス停にはしばらく「競馬町」という名前が残っていたのを覚えている。



競馬場の痕跡だけでもこれだけあるんだから、例えば埋め立てられたお堀の痕跡とか、探すといろいろと出てきそうである。
新潟で「ブラタモリ」のロケなんかどうですか、タモリさんw
author:ぐっちい, category:日々のこと
comments(2), -
Comment
とても懐かしい記事ですね。
昭和39年の新潟国体、馬術競技が競馬場にあって見に行きましたよ。
私は女子高生でしたが・・
それに金衛町におばさんがいたので、帰りに「競馬町マーケット」に寄った記憶があります。
うぁ〜〜〜50年前の事ですね!
新潟島育ち, 2015/07/23 8:30 PM
>新潟島育ちさん

おおお!貴重な体験談、ありがとうございます!
我が家が小針に移り住んだのが昭和44年で、すでに競馬場は移転した後だったのですが、祖父母の家が松波町だったので、バスで競馬町バス停はよく通過したのです。
関屋競馬場をネットで調べたら、馬術競技の画像が出てきたので、それは64年新潟国体のものだったのかもしれません。
ぐっちい, 2015/07/23 9:36 PM