選手を支えるフットボールビジネス(セミナー1) | ぐっちいのスポーツを読もう!
RSS | ATOM | SEARCH
選手を支えるフットボールビジネス(セミナー1)
2月24日、東京・新宿NSビルにて開催された、第2回「選手を支えるフットボールビジネス」セミナー((株)ジェブエンターテイメント主催)。
その内容について、3回に分けてレポートします。長文ご容赦。

<セミナー1>
「国外ケーススタディ」
〜稲本潤一選手 ウエストブロムウイッチアルビオンからガラタサライへ(契約期間中の完全移籍〜

(株)ジェブエンターテイメント 仁科佳子さん
(日本サッカー協会認定選手エージェント)


2006年8月、イングランドのウエストブロムウイッチアルビオン(WBA)からトルコ・リーグの強豪・ガラタサライへ完全移籍をした稲本潤一選手(27歳)。
契約期間を1年残した段階で完全移籍をした背景と、そこに至るまでの経緯から、FIFAルールにのっとりながらの国を跨いだ移籍の難しさを、担当エージェントの仁科佳子さん(小柄でキュートな美人でした)に解説していただいた。

【選手とクラブ、移籍を巡る両者の思惑】
稲本選手がWBAからの移籍を決意した直接的な理由は、WBAの2部降格にあった。
常にトップリーグ、最高レベルの場所でプレーしたいと望んでいた稲本選手は、WBAが降格してしまったことにより、即移籍の希望を出した。

FIFAルールでは、移籍に関しては次のような条項がある。
第13条
プロ選手とクラブは、契約満了または合意のもとでなければ契約解除できない。
第18条
選手の獲得を希望するクラブは、その選手の所属クラブの承諾なしには移籍交渉はできない。

稲本選手が移籍するためには、まずWBAとの契約解除の合意がなければならなかったが、WBA側は「1年で1部に復帰するために、誰も放出しない」と、移籍希望にNOの答え。
そこで、稲本選手の希望をかなえるために、エージェントはクラブに選手自身の意志、状況をありのまま伝え、移籍実現への糸口を探すことになった。

ここで、その糸口になったのは、WBA側のひと言だった。

「稲本のような選手を、対戦相手にはしたくない」

稲本選手の実力を知るWBAは、同じリーグの他クラブに移籍させたくないという考えであった。
そこでエージェントは、稲本選手の希望は国外移籍であることを訴え、やがてWBAも「チャンピオンシップ以外のクラブなら」という条件付きで、移籍にOKを出してくれたのである。

次にクリアしなければならなかったのが、契約解除にあたっての補償金(移籍金と同意。違約金も含まれる)の問題であった。
移籍のハードルを低くするためにも、少しでも安くしたい稲本選手側と、高い額で売るためにも、少しでも高くしたいWBA側の思惑がぶつかりあい、金額設定は難航。
しかし、3年契約があと1年残っていた稲本選手を出し渋って、契約満了まで引っ張ってしまうと、クラブには移籍金が入らなくなってしまう(欧州ルールでは、契約満了日を過ぎると移籍金はゼロになる)ことや、欧州の移籍市場は夏がメインであるため、移籍金が低く抑えられやすい1月市場より夏に出す方がクラブにとってはおトク…といったところを交渉でアピールし、うまく折り合いをつけることができた。

【すったもんだの移籍交渉】
WBAの了承を得たことで、エージェントはプロモーションDVD(稲本選手のプレー映像を編集したもの)を制作し、ターゲットを絞ったクラブに配布してセールスを開始。いくつか好感触を得ていたものの、ここで思わぬ壁が立ちはだかった。
ドイツW杯である。
稲本選手もいた日本代表がいいところなく予選敗退したことで、クラブからの反応が全くなくなってしまったのだ。

そこで、セールスの範囲を広げることに。欧州CLに出場でき、リーグで優勝争いができるチームであることや、27歳という年齢も踏まえて将来につながるクラブ、リーグを選定して移籍先を探す中で浮かび上がってきたのが、トルコリーグのガラタサライという強豪クラブだった。

ガラタサライは監督が稲本獲得に熱心で、8月初旬、間近に迫ったCLの試合に選手登録を間に合わせるスケジュールで、条件協議、選手と監督の電話会談(ここまで来るとほぼ確実と言われている)、渡航準備、書面(オファーレター)送付依頼…と、話はトントン拍子に進んだ。
ところが、ガラタサライ側からの契約書がなかなか届かず、やがて連絡不通になってしまったことから、事態が急変する。連絡の間隔が空くようになったり、連絡が取れなくなったりするときは、「何か」が起こっているサインなのだ。

果たして、ようやく連絡がとれたガラタサライからは、

「スポンサーが稲本獲得に同意をしてくれない」

という思わぬ返答が来たのである。即戦力として経験豊かな稲本を獲得したかった監督に対して、スポンサーは25歳以下の伸びしろのある若手選手を望んでいた。選手獲得にスポンサーが口出しするとは…。国変われば…とは言うけれど、さすがの百戦錬磨のエージェントにとっても初めてのケースであった。

エージェントはガラタサライにスポンサー説得をお願いしていたのだが、間もなく、ガラタサライが25歳以下のMF獲得濃厚という情報が入り、稲本選手の移籍の可能性がほぼなくなったことが分かった。8月27日のことである。夏の欧州移籍市場の窓口が閉じるのは8月31日18時。夏の移籍はもうタイムリミットだった。

WBAに残留し、1月移籍を目指す方向で進みはじめたとき、またもや事態が動いた。
8月30日早朝4時(日本時間)、東京のエージェントのもとに、イングランドの稲本選手から電話が。

「ガラタサライの監督から「まだウチに来る気はあるか?連絡をくれ」という留守電が入っていたので、すぐに連絡を取ってくれませんか」

ここから、東京、イングランドのWBAと稲本選手、トルコのガラタサライの間で、「8月31日18時」というタイムリミットと、時差の壁との闘いに3者の思惑がからみあった、丁丁発止の交渉劇が始まったのである。

稲本選手がイスタンブール行きの飛行機に乗るために空港に向かう途中でトルコからストップがかかり、空港待機をするハメになったり、やっと届いた統一契約書がトルコ語で仕方なく電話口で英語で確認したり、現地入りして直接交渉にあたったスタッフも含めたそのやりとりは、地球上を電波で飛び交ったわけだが、ようやくクラブ間合意し、契約書にサインし選手登録が完了したのは、移籍窓口が閉じる直前のことだった。


稲本選手の移籍が成功した裏には、監督の稲本獲得への強い意志があった。エージェントは、まず現場(監督)の希望を汲み取り、それに沿った動きをすることが近道であること、そして文化の違い、国民性の違いを事前に把握しておくことも、国外での移籍交渉には欠かせないことを象徴した出来事であった…。
author:ぐっちい, category:サッカー
comments(10), trackbacks(0)
Comment
稲本ファンです。とても興味深いレポートを有り難うございます。期限間際の移籍には慣れていますが、本当に心配しました。トルコの新聞では、財政難のクラブに代わってスポンサーが移籍金を出したと言われていますので、スポンサーの意向が強く影響したのだと思います。移籍後、様々な批判を浴びましたが、今はレギュラーで活躍しています。
ぐっちいさんのURLを紹介しても宜しいでしょうか?お返事をお待ちしています。
katanonoko, 2007/02/26 3:25 PM
いらっしゃいませー。
今回のセミナーは、実際に交渉に携わったエージェントの方による講義だったので、メディアでは報じられなかった話も多かったように思います。本当は期限まで残り44時間になってからの時差を越えた交渉の実際をタイムテーブルで追うと、映画のシナリオのようになって面白かったのですが、さすがにそこまで書けませんでした(笑)。
URLの公開は一向に構いません。よろしくお願いします。
ぐっちい, 2007/02/26 3:42 PM
ご快諾有り難うございます。

自分で分かる範囲のタイムテーブルを作って考えていました。今だから笑えますが、スリル満点です。

稲本選手は8月30日、リザーブのアウェイでリーズへ行く予定でした。そのバスに乗るのをやめて、急遽ロンドンからトルコへ向ったのではないかと思います。よく移籍期限に間に合ったと色々な事に感謝します。

今後とも宜しくお願い致します。

katanonoko, 2007/02/26 4:24 PM
>katanonokoさん
トルコに移動する予定だった30日にWBAの試合が入っており、ベンチから外してもらえるよう交渉した話も出てきました。
そしてロンドンの空港へ行く途中にガラタサライから、稲本の代わりに解雇する選手との交渉が難航しているという理由で、トルコ入りにストップをかけられ、車で移動中だった稲本選手を道路の路肩で止めて待つように伝える一方で、別の電話でガラタサライとの交渉を続けていた、ということでした。
現実は小説よりも奇なりって感じですね(笑)。
ぐっちい, 2007/02/26 4:37 PM
「AREA」最新号では、プロ野球の代理人についての考察が特集されていました。
プロ野球の代理人制度って、縛りがいろいろとあって、小難しいんですね。
サッカー以外のスポーツエージェントについて比較分析したものを学んでみたいものです。
bart, 2007/02/26 9:41 PM
バーミンガムからヒースロー空港への高速道路の横は、ほとんど羊の牧場しかありません。そこで時間と競争しつつ待機していたことを思うと胸が痛みます。
  W杯、敗退の最大原因はジーコだと思っていますが、今、トルコでは因縁のジーコが1位、ガラタサライが2位、元フルハムのティガナが3位で優勝を争っています。
  稲本選手のニュースは日本には殆ど伝わってきませんが、3月のペルー戦には帰ってくると思いますので、稲本ファン以外の方にも、今の彼をしっかり見ていただきたいと思っています。
katanonoko, 2007/02/27 12:39 AM
>bartさん
スポーツ代理人については、アメリカでメジャーリーグ、NBA、NFLの敏腕代理人として有名な人を扱ったノンフィクションなどの本がいろいろ出てます(読んだことがありますが非常に面白いです)。日本では代理人制度について誤解が多いので、理解を深める必要はあるでしょうね。

>katanonokoさん
エージェントの仁科さんもおっしゃっていましたが、エージェントをやっていてよかったと感じるのは、選手が移籍先で活躍する姿を見ることだそうです。
今の稲本選手を見れば移籍が正解だったことが分かりますし、代表でまたプレーが観たいなと思います。
ぐっちい, 2007/02/27 9:28 AM
昔、トム・クルーズが主人公のスポーツ代理人を演じる映画ありましたね。確か、中々ブレイクできないNFL選手一人としか契約がない状態になって奮闘する話だった。
アメリカの代理人は、欧州のサッカーの代理人よりも、個人事業主である選手のスポーツビジネス全般コンサルタントという性格が強いというイメージが何となくあります。例えば、どのチャリティに参加すれば最もイメージが高まるかというところまで助言するらしい。その辺の、国やスポーツによる動き方の違いも調べてみると、サッカーをより相対化できて面白そうですね。

kiki, 2007/03/01 1:06 AM
ぐっちいさん レポート拝見しました。
瞬きをするのを忘れる位に真剣に読んで
しまいました(笑)
ありがとうございました☆
02年W杯で稲本選手のファンになりました。
トルコでの試合の様子が報道されず、
淋しい限りですが、今後の活躍に
期待しています!
サザエ, 2007/03/03 7:26 PM
>kikiさん
アメリカのスポーツビジネスはまた独特ですからねー。アメリカでのやり方をそのまま日本に持ち込めるかというとそういうわけにもいかないでしょうね。
勉強すればするほど奥深いこの世界。スポーツマネージメントの分野とも絡めて、学ぶことが多そうです。

>サザエさん
稲本はガラタサライで順調に主力として頑張ってますね。この移籍が正解だったということでしょう。それは実現に尽力したエージェントにとっても喜びだと思います。
ぐっちい, 2007/03/05 12:22 PM









Trackback
url: http://gucchiebooks.jugem.jp/trackback/415